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北海道民医連の原風景

早期胃がん治療に新時代
2008-03-25 08:15

患者さんの立場に立つ民主的集団医療の成果

ERHSE―世界を驚かせた究極の「縮小手術」


 1983年、北海道勤医協中央病院から早期胃がん治療の画期的な技術が世に送り出されました。内視鏡下で病変部を切除するERHSE(HSE局注を併用した胃粘膜切除術)です。身体への侵襲を最小限にとどめる究極の「縮小手術」として、早期胃がん治療に新しい時代の幕開けを告げました。開発の中心になった平尾雅紀医師(66)=現在西区病院勤務=は「民医連だから開発できた」と言い切ります。

開発者の平尾雅紀医師「民医連だからできた」
同僚医師たちと連日連夜の議論 

 ファイバースコープ付胃カメラが登場したのは1964年のことです。北海道勤医協は、その3年後にはファイバースコープを用いた胃の集団検診を浦河町で実施するなど、新しい技術を積極的に取り入れ、胃がんの早期発見で大きな成果をあげていました。
 当時、日本の胃がん研究は世界最高水準にありましたが、治療法は臓器を広範囲に切除し、リンパ節を郭清する手術が標準でした。胃を切除した人々の多くは後遺症に苦しみ、社会復帰できない人も少なくありませんでした。
 胃を切除せずに治す方法はないのか、医学・医療の成果をどのように患者に返すべきか――平尾医師は同僚の渡辺武夫、河内秀希、佐藤冨士夫医師らと毎日のように議論しました。
 平尾医師は「診断と治療の両方できる医師をつくるべきだ」と主張し、その第1号として名乗りを上げました。手術、集団検診、病理診断、ターミナルケアをやり、患者会もつくって、胃がん診療の全体像のモデルをつくりあげました。
 新しい胃がんの治療法を求め、道勤医協医師集団は平尾医師を東京の国立がんセンターに派遣しました。1973年から1975年にかけてのことでした。40年間に7?10万人の胃の内部を覗いてきました。「好きなんです胃カメラが。好きで好きでたまらない」


がんセンターで研究・手術に没頭  

 がんセンターで平尾医師は、レントゲン・内視鏡の診断学、外科手術、病理診断を学びました。レジデントルームから排斥されるなどの嫌がらせに遭いながらも、ひたすら研究と手術に没頭しました。「野良犬のような生活でしたよ」と振り返る2年間でしたが、平尾医師にとってがんセンターは豊饒の地でした。
 「レントゲン診断学、内視鏡診断学、病理診断、外科手術のどれをとっても世界1流のデータが揃っていました。そのどれ1つが欠けてもERHSEは誕生しなかったでしょうね」
 70年代の、がんセンターの膨大な手術成績の分析から、早期胃がんで粘膜内に病変があり、病変の中に潰瘍がない症例には、リンパ節転移がほとんどないことが分かりつつありました。
 「この条件にあう早期胃がんであれば開腹手術をせずに治せる。内視鏡で粘膜の局在病変を取ればいい」
 中央病院に戻った平尾医師は、同僚医師らと技術開発に全力をあげました。
 内視鏡で治療する場合の合併症は出血と穿孔です。平尾医師は血管内に注入しても問題ない薬剤だけを使った止血技術を開発しました。高張食塩水とエピネフィリン、インジゴを混合したHSE(hypertonic saline-epinephrine)です。古い外国の消化器病学雑誌に、穿孔した潰瘍の保存的療法について書いた論文を見つけたことも新しい技術の確信になりました。

患者さんたちの驚きと喜びの声 

  ERHSEの開発後、若い医師たちがこれまでは見過ごされていた早期胃がんを面白いように発見し、治療で好成績をあげました。短期間の入院で済んだ患者さんたちから驚きと喜びの声が上がりました。
 その成果を学会で報告すると、内科、外科双方から「内視鏡を使って外科手術のようなことをやるのはけしからん」と批判の声が上がりました。「そんなことで血が止まるのか」「がんセンターが組織を挙げてやるようなことを、民間の勤医協とか平尾に出来るはずがない」などの中傷にもさらされました。
 当初、非難を浴びたERHSEでしたが、その後、安全で使いやすい技術として急速に普及し、様々なバリエーションの内視鏡治療法開発を促しました。
 平尾医師のもとには全国から続々と研修医が集まり、その数は毎年10人近くにもなりました。

 看護師、事務も挙げて医療活動 

 北海道勤医協で、なぜ世界を驚かせる先端技術が生み出せたのでしょうか。
 平尾医師は「患者の立場にたつ民主的集団医療の成果」と断言し、民医連が得意とするフォローアップ活動を第1に挙げました。
 「患者さんがどのような後遺症で悩んでいるかをアンケートで徹底的に明らかにしました。その結果を総括して患者さんに返し、学会にも発表する。医者だけでなく、看護師や事務を含め、組織を挙げて医療活動(医活)でやってきた。それが、ERHSEを治療技術として確立するベースになりました」
 胃がん研究が飛躍的に前進した時期に一流のデータが集積される場所に居合わせた幸運を「宝くじに当たるより難しい」と表現し、「しかし、運を生かす能力を北海道勤医協は持っていました。若い医者に研修させる条件が保障されていたことが大事です」と、勤医協の組織としての優位性を強調します。

 日本消化器内視鏡学会の丹羽寛文会長は2004年に開催された第68回総会でERHSEを高く評価し、「治療としての粘膜切除術の創始者」として、平尾医師の功績を讃えました。
(北海道民医連新聞2007年4月12日第265号)
ERHSEの操作の概要
a 病変の観察を十分行う
b 切除予定線にマーキング
c 高張Na-epinephrine液を局注し、粘膜面を膨隆させる
d 切除予定線を粘膜筋板まで全周性に切開
e 把持鉗子で切除予定組織を挙上し筋層から遊離させ、次いでスネアで切除する
f 把持鉗子で組織を回収する
『臨牀消化器内科』Vol.21 No.12 2006から

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