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北海道民医連の原風景

底辺の苦悩を掘り起こし
2008-03-31 07:57

札幌・白石区ねたきり老人実態調査

 1975年から約10年続いた北海道勤医協の「白石区ねたきり老人実態調査」は、貧困な医療・福祉行政の実態を暴き、福祉施策の充実を求める運動に発展するとともに、日常診療の課題を鮮明にするなど、その後の私たちの医療活動や諸運動に大きな教訓を残しました。


悲惨な状況に言葉を失う
  「11年間1度もお風呂に入っていない」、「まったく医療を受けていない人が15%もいる」、「介護者の35%が65歳以上で、そのうち何らかの疾病を抱えている人が半数以上」――。
 75年9月に札幌病院老人健診実行委員会がおこなった実態調査は、貧困な医療・福祉行政の谷間に置き去りにされたねたきり老人と家族の実態をまざまざと明らかにしました。              寝たきり老人実態調査について報道する、当時の勤医協新聞

 寝たきりにされることでの褥瘡や尖足、全身状態が悪い人、汚物処理や排泄介助ができず、部屋が汚れっぱなしで異臭がただよう家など、悲惨な状況を目の当たりにして、調査に参加した後木裕子さん(56、保健師)は言葉を失いました。
 「家族の1番の要求は入浴への援助でした。体の小さな妻が寝たきりの夫を毛布の上に寝かせ、引きずって移動させていたり、『老人が老人を介護する』『病人が病人を介護する』という過酷な状況で、介護者は疲れ果てていました」と、後木さんは振り返ります。


日常診療の課題も明らかに

 翌76年夏には、「白石区フィールド」と銘打って医学生8人を含む62人が訪問行動をおこない、寝たきり老人107人の状況を聞き取りました。脳血管障害によってねたきりになった老人が多数を占めていることをつきとめ、高血圧の医学的管理や脳卒中後のリハビリの重要性を明らかにすると同時に、前年の調査以後、30数人が死亡しているなど適切な医療が受けられないまま次々とお年寄りが亡くなっている 医師の国田晴彦さん(左)と事務の平岡敏光さん                    実態を浮き彫りにしました。

 フィールド実行委員長を務めた国田晴彦さん(65、医師)は、「当時はまだ社会的に『ねたきり老人がいることは恥ずかしい』と思われていた時代でした。深刻な実態を社会的な問題として浮き彫りにし、老人医療の改善や、ねたきりにさせない福祉行政の充実を求める運動に結びつけていった私たちの運動は介護に悩む人にとって大きな励ましとなりました」と語ります。
 事務局長を務めた平岡敏光さん(57、札幌みなみ診療所・事務)は、「職員・学生が地域に入り、介護の大変さに苦しむ人たちの実態やねたきり老人を放置する医療・福祉政策の貧困を目の当たりにし、日常診療や医療従事者、地域医療のあり方を問い直すきっかけになった」と話します。
 白石区ねたきり老人家族会が76年に発足し、医学生や看学生との共同の輪を広げながら、訪問調査フィールドは84年まで8回取り組まれました。79年の第5回フィールドでは、スイカ割りや外出など初めてのレクリエーションをおこない、介護に疲れた家族やお年寄りから「こんな楽しい会をもてて幸せです」と涙を流して喜ばれました。

人権を守る課題は山積
 巡回入浴車の配備など長年にわたる請願運動を続け、77年に送迎式の入浴サービス、88年に市の巡回入浴車による巡回入浴サービスが実現しました。入浴は5年ぶりというお年寄りが目を細めて湯ぶねにつかり、家族は「入浴後のおじいちゃんは何年かぶりに気持ちよさそうにぐっすり寝ました。次のお風呂を楽しみにしているんですよ」と喜びました。
 75年当時の老健実行委事務局長の鈴木均さん(58)は、「この実践は、地域の底辺で放置されていた問題を掘り起こし、人権を守るという立場から要求運動につなげ、地域で連携して継続的に行政に働きかけていくという勤医協・民医連の役割が、改めて確認された取り組みでした。現在でも、医療改悪による影響などかたちを変えて様々な困難が地域には存在します。こうした経験を生かして、色んな課題に取り組んでいってほしい」と期待します。
(北海道民医連新聞2006年4月5日第243号)

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