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北海道民医連の原風景

社会変革と民医連の精神
2008-03-31 07:57

父・阿部鶴松と家族の日々

 北海道の民主的医療運動の源流に、阿部鶴松氏(1900?1986年)がいます。余市の素封家に生まれた鶴松氏は、戦後の混乱と荒廃の中で、全財産を投げ打ち、「働くものの病院」づくりに奔走しました。鶴松氏の三男、阿部理さん(71歳、道北勤医協理事、旭川・上川社保協代表、旭川市)に、「父・鶴松と家族の日々」を話してもらいました。

  共産党と出会い
 阿部理(あべ・おさむ)さんは1935年生まれの元道立高校教師。神楽友の会の会長として、旭川医院や老健かたくりの郷の活動を支えています=手塩にかけた老健かたくりの郷の花壇を前に、6月7日午後、旭川市=
 阿部の家は新潟の出で、鶴松は3代目です。余市や仁木などに田畑や山林をもつ地主で、ニシン漁やマグロ漁の網元、運送業を手がけ、清酒「十一州」の蔵元でもありました。家の裏には四角いレンガ煙突の醸造所と酒蔵があり、余市駅近くでたくさんの馬を飼育していました。
  父は小樽商業から法政大学に進んで社会科学研究会に属し、日本共産党の正しさを確信するようになったようです。小樽商業では1903年生まれの小林多喜二の先輩に当たります。余市に戻った父は家業にいそしむ一方で、1927年頃に知り合った日本共産党員の武内清の指導を受けながら資金カンパなどの活動をしてきました。


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