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北海道民医連の原風景

ふるさと黒松内に民医連の旗を高く
2008-03-22 13:59

診療所60年の歴史に支えられ

北海道勤医協・黒松内診療所の職員集団が、愛してやまないふるさとのために、大きな決断をしました。診療所を頼りにする住民を「医療難民」「介護難民」にしたくないという一途な思いをぶつけあい、議論しぬいて、雪が消え残る黒松内で、小さくとも美しい花を咲かそうとしています。

診療所のベッドは地域の宝もの


 南後志地域の医療機能が縮小を続けるなかで、黒松内診療所が運用してきた一般4床、介護療養型10床の入院ベッドは、地域にとっては何としても守りぬきたい宝でした。
 しかし、政府の低医療費政策によって、診療所が入院ベッドを持ち続けると経営が成り立ちません。昨年度、黒松内診療所のベッド稼働率は100%を超えましたが、1千万円を超す赤字の要因になりました。
 経営危機と医師・看護師不足などでベッド廃止を余儀なくされた時、事務長の岩澤史朗さん、看護師長の三本木美智恵さんらの脳裏をよぎったのは、入院しているお年寄りたちのことでした。寝たきり、ターミナル、認知症、障害者…。みな、この地域では診療所だけが頼りの人々でした。
                                     ザゼンソウ

病棟を高齢者のアパートに改装

 黒松内町の人口は年々減り続け、3500人程度。医療機関の縮小・廃止は、町の過疎化に拍車をかけます。岩澤さんらはベッドをなくしても患者さんを守るにはどうしたらいいかを徹底して議論しました。小規模多機能、有料老人ホームなど、あらゆる可能性を探求し、施設見学にも行きました。職員の多くは黒松内で生まれ育ち、子どもたちを産み育てました。「ふるさと黒松内の民医連の旗を何としても守りぬきたい」という思いは共通でした。
 激論の末にたどり着いた結論は、診療所の病棟部分を高齢者アパートに改装し、入居者に往診や訪問看護・介護、配食サービスを提供することで、限りなく「入院」に近づけるという計画です。しかし、北海道勤医協の定款を変えなければアパート経営はできないという問題に突き当たりました。

職場の団結を大切にしよう

 もう1つの問題は雇用です。病棟を閉鎖すると、2人の調理職員、坂本千鶴子さん、菅和子さんの仕事がなくなります。転勤や、事務への職種転換はできないことでした。診療所から介護難民を出さないという議論を重ねるなかで、2人は訪問ヘルパーなら経験を生かし、地域に貢献できると職種転換を決意しました。
 2月26日、パートも含めて全職員が参加した話し合いで、診療所としての最終決断をしました。在宅部門を株式会社北海道勤労者在宅医療福祉協会に移し、職場の団結のため、ヘルパーに転換する職員、パートだけでなく、事務長、師長、看護師の秋南斗旗衛さん、訪問看護ステーションの3人など、黒松内をふるさととする全職員が新法人に移籍することにしたのです。

事務長・師長は出向職員として

 4月から岩澤さん、三本木さん、秋南さんは、北海道勤医協に出向する形で診療所に勤務し、患者さんからの夜間の訴えも、地域をよく知る3人が交代で対応しています。
 坂本さん、菅さんらは休日ごとに札幌へ出かけ、ヘルパー2級講座を受講しています。
 北海道勤医協の医師集団も、「黒松内から民医連の灯を消すな」と、2カ月クールで医師を派遣し、困難な地域医療を守っています。
 6月には共同アパート、ヘルパーステーションが始まります。アパートの部屋は9室しかありませんが、生活保護費でも入居できるよう、利用料は光熱水費、3食込みで6万円程度に抑える予定です。すでに、元入院患者さんの何人かはここに戻ることが決まり、新たな入居申し込みも10数件寄せられています。
 雪解けを迎えた黒松内のブナ林。早春の林床を彩るカタクリやエンレイソウは8?10年もかけて、小さく可憐な花を咲かせます。
 幾多の先人が築いた黒松内診療所の60年の歴史は、この日のためにあったと言えるのかもしれません。(北海道民医連新聞2007年4月26日第266号)。 


新しい事業に挑む黒松内診療所のみなさん。右端は吉田信所長:診療所近くを流れる朱太川で撮影

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