読み物
Another 北の息吹
2025年6月13日
コウモリに魅せられて
写真家 中島宏章誕生秘話
第5回 鶴に魅せられた男
コウモリに魅せられて
写真家 中島宏章誕生秘話
第5回 鶴に魅せられた男

アルバイト先の写真館にはユニークな先輩がいた。中学生の僕よりも10歳くらい上で、関西から北海道に来ているという。怪我が原因なのか、右腕がダランとして全く動かせない人だった。でも、手指は動くので、動かせない右腕をもう片方の手でカメラボディにまで持っていってあげればシャッターも押せるし、撮影業務はこなせた。
社長が言うには「あいつは、鶴(タンチョウ)が撮りたくて北海道に来てんだ。鶴があいつの人生の全てで、夢中なんだ」。タンチョウの撮影は主に冬なので、それ以外の期間は写真館で働いて稼ぎ、冬の撮影に全てを注ぎ込むのだという。僕は中学生ながらに「人生のすべてを鶴に…って、大丈夫なのか?」と失礼ながらも思った。でも、それと同時に、こんなにもがむしゃらに自分の好きな写真に向かっていく姿勢には、心を打たれた。そして、少し羨ましいと思った。
やがてその羨ましさは、いつしか「自分の考え」として取り込まれ「自分の好きなことで自分の人生を生きていく」ことが、僕の中でのスタンダードとして定着したのだと思う。とはいえ、僕はまだまだ中学生。その想いと現実のギャップに、しばらくは苦しむことになるのである。