ムーヴメント
亀次郎さんの背中を追って
北海道・東北地協 沖縄で県連事務局長・次長研修会を開催
北海道・東北地協 沖縄で県連事務局長・次長研修会を開催
1月11~13日、北海道東北地協による県連事務局長・次長研修会が沖縄県で開催され、各県連から10人が参加。辺野古基地や戦跡などを訪問しました。道民医連から参加した本間倉一郎事務局次長の報告を紹介します。
私は民医連で30年働いてきましたが、観光以外の目的で沖縄を訪れたのは今回が初めてでした。これまで報道や資料、参加者の報告を通じて沖縄の実態を理解していた「つもり」になっていたことに気づかされ、恥ずかしさを覚えました。
真冬でも18度ほどで過ごしやすい沖縄に少し羨ましさを感じつつ、初日は那覇市にある「不屈館」を訪れました。ここには、戦後の沖縄で「米軍が最も恐れた男」と言われた政治家・瀬長亀次郎さんの資料や日記が展示されています。
米軍統治下、住民の人権を守るために占領当局の圧政に真正面から立ち向かい、「不屈」の精神で平和な社会を求め続けた亀次郎さん。決して信念を曲げず、人々に寄り添い、県民の思いを代弁してきた姿に、強い感銘を受けました。
今の沖縄は本当に自由で平和なのか。当時の願いは実現したのか。その問いは、沖縄だけでなく、今の日本全体に向けられているように感じました。
13日には砲台跡や米軍基地建設の状況を見学しました。辺野古が一望できる瀬嵩の浜は風もなく穏やかで、いかにも平和そのものでした。しかし対岸には、海洋ブイに囲まれた大型作業船やクレーンが立ち並び、その姿は明らかに場違いでした。
「道の駅かでな」から嘉手納基地を眺め、道の駅内の展示室で、基地を抱える町の歴史を学びました。町の面積の8割以上が米軍基地で、羽田空港の2倍の広さ。「銃剣とブルドーザー」によってもともとあった街が壊され、住民が追い出されました。
嘉数高台公園からは普天間基地を見下ろしました。生活している人々の上を戦闘機やオスプレイが飛び交い、爆音が響きます。学校や保育園が密集する街の中心に広大な滑走路がある光景は異様です。かつて緑豊かだった沖縄の平野は、田畑ごと奪われました。知識としては知っていましたが、目の当たりにすることでその重みを感じました。
名護市長選挙の最中でもあり、オール沖縄の翁長クミコ候補の選挙支援に参加しました。現職市長は、辺野古新基地建設にともなう補助金によって学校給食費や保育料が無料になっていると主張し、基地建設が止まれば維持できないと訴えています。
しかし、補助金がなくても財源確保は可能で、おむつ代やバス代など、さらに無償化を広げることもできます。「市民を見ていない政治に終止符を」と市民に寄り添い、代弁する翁長候補の姿が、亀次郎さんと重なって見えました。
3日間を通して、日本国憲法と民医連綱領をあらためて振り返りました。そして、何をもって平和と言えるのかを繰り返し考えました。これからも沖縄の人々の思いに心を寄せ続けていきます。