読み物

民医連ヒストリア 看護の中に憲法いかして

2019年11月28日

勤医協札幌看護専門学校

1978年に誕生した北海道民医連は昨年40周年を迎えました。記念として、全道の院所・事業所のルーツを探る企画をシリーズで紹介します。第7弾は勤医協札幌看護専門学校です。


定員10人の
准看護婦学院誕生


 1950年代、北海道勤医協は倒産の危機に直面しました。職員と地域の人々の「勤医協をつぶしてはならない」との思いで、血のにじむような苦労をして乗り越え、59年に念願の「菊水病院」を札幌市白石区に開設。そして翌年、病院裏の住宅を改築して「准看護婦学院」を開設しました。定員は10人、中学を卒業したばかりの少女たちが2年間、寄宿舎生活をしながら看護を学びました。
 後に看護学校の校長を務めた小田代政美医師(現在は勤医協中央病院・麻酔科)は、「民間の病院が准看護師養成にとりくんでいない中でこの決断は本当にすごい。今の北海道民医連を支える看護師集団の基礎をつくったのではないでしょうか」と語ります。


藤井敬三先生の
思いを受け継ぐ


 初代の学院長は杉原春吉氏。2代目は1963年に旭川厚生病院を退職し菊水病院の院長に赴任した藤井敬三医師が65~79年まで担いました。藤井医師は教職員に「入学させたからには、学生のすべてのおこない、その結果についてあなた方に全責任があります。(中略)特に知事試験はそうです。一名たりとも不合格にすることは許しません」と厳しく述べていました(追悼集藤井敬三先生を偲ぶ・杉原春夫氏「学院と敬三先生」より)。その考えは歴代の校長に引き継がれました。
 藤井医師は、白鳥事件などの冤罪事件でたたかい、平和や人権、民主主義のため、日本だけでなく海外に行って積極的に活動しました。ことあるごとに自ら撮影した写真と、山のようなお菓子を携えて寄宿舎を訪問し、生徒たちに語りかけました。ドイツのアウシュビッツ収容所跡を訪問したときの話には、生徒たちが身じろぎもせず聞き入ったといいます。


中央病院8階に
看護専門学校


 1970年代後半になると、医療現場は准看護師から看護師が中心になりました。北海道勤医協も准看護師をさらに2年間教育して看護師を養成することになりました(2科)。
 79年に改築され8階建てとなった中央病院の最上階に学校を移転し、「勤医協札幌看護専門学校」としてスタートを切りました。第1回生33人が入学。この2科は2001年に閉じるまで704人の卒業生を送り出しました。
 稚内や美唄の高校で准看護師の教育を受け卒業した18歳、准看護師として働いたことがある20代の社会人、そして子育てをしながら学ぶ母親たちなど、年代はさまざまでしたが「医療とは」「看護とは」と真剣に問い直し、この学び舎から民医連医療を担う多くの看護師たちが育ちました。


新校舎とともに
新たなステップへ


 移転から5年後の84年、3年課程(1科)を併設。藤井医師の後を継いだ小田代医師が81~90年まで校長を務めました。他の職員と一緒に3年生課程の開設を準備し、教育理念や基本方針、カリキュラムなどたくさんの検討を重ねて『看護の中に憲法をいかそう』を基本理念に据えました。
 小田代医師は話します。「憲法25条の生存権だけでなく、いのちの平等、基本的人権が尊重される医療、そして平和に生きる権利が保障されること、それらすべての意味を含めて『憲法をいかそう』なのです。麻酔学や医学概論のほかに読書や特別講義を受け持ちました。講堂を使ってベートーベンの交響曲を1年かけて学生に聞いてもらいました。医学や看護だけでなく、文学や音楽、絵画などを通じて人間性豊かな看護師に成長してくれることを願ったからです」。


小玉孝郎校長の21年


 小田代医師の後は佐藤冨士夫医師が4年間務めました。93年から約21年にわたって校長を担った小玉孝郎医師は、病理の研究者として北大の助教授を務めていましたが、「どのような小さなことでもいいから働く者、弱い者の味方になりたい」(勤医協看護専門学校紀要・2008年)との思いで北海道勤医協で働くことを決意しました。病理科の医師としては、89年に北海道石炭じん肺訴訟の学術証人として証言し、19年後の最高裁勝利に大きく貢献しました。
 教員として小玉校長の姿を間近に見てきた川上佐代子さん(元副校長)は語ります。「学者肌の小玉先生は、学生が質問に来ると丁寧に教えていました。国家試験前は講義を担当し、生徒を支えていました。そのこともあってほとんどの生徒が国家試験に合格しました。多趣味で油絵やバイオリンをたしなみ、俳句は『北海道新聞』の常連でした。みんなから慕われた小玉先生は77歳で退任し、残念ながら昨年、81歳でお亡くなりになりました」。


憲法いかす看護師を


 4年制大学を出た看護師が増えていく中、勤医協の看護学校の役割について川上さんは語ります。「4年制大学の希望者は増えていますが、4年間で600万円の学費が必要になるのも現実です。貧困化がすすむ中で、経済的な困難があっても看護師になりたいという若者の願いに応える。そして、『憲法を生かす看護師』を育成することが私たちの役割です」。

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