読み物

診察室から診える 「こどもの貧困」

2017年6月8日

講演録
勤医協菊水こども診療所 岡田靖所長

講演録
勤医協菊水こども診療所 岡田靖所長

 4月14日、「菊水に子ども食堂をつくろう!学習と交流のつどい」が100人の参加でおこなわれ、勤医協菊水こども診療所の岡田靖所長(札幌病院副院長)が「診察室からみえるこどもの現状」と題して講演しました。要旨を紹介します。


貧しい子はどこに?
 日本の子どもの貧困率は16・3%(2012年)。ひとり親家庭の貧困率は50・8%で、諸外国と比較しても高い数字です。北海道は全国平均よりもさらに高いと報告されています。
 でも毎日診療していて、「貧しい子ってどこにいるの?いないんじゃない。何かの間違いでは?」と感じます。
 診察室から明らかに目に見えるケースとしては、治療中断を繰り返す、時間外受診が多い、約束の日に来ない、親の言動に問題がある患者さんなどです。その共通点は、親が何らかの困難を抱えていることだと思います。
 長野県の健和会病院小児科の和田浩医師は、「『あの親は何か変だ』『なぜちゃんと受診しないのか』と、医療者側が患者にネガティブな感情を抱いたとき、その背景に貧困が隠れていることが多い」と指摘します。


世帯収入と健康状態
 子どもの健康と経済状態の関連の研究があり、私たちが協力・発表したものをあわせて紹介します。佛教大学の「脱貧困プロジェクト」と全国の民医連小児科が協力しておこなった、新生児、外来、入院の3部門、計2071世帯の研究です。3部門の共通項目「収入と子どもの生活実態の関連」では、子どもの数と所得に特定の傾向はなく、当然ですが低所得になるほど部屋数が少なく、生活実感として「やや苦しい」「大変苦しい」が多いと報告されています。
 外来部門では2015年2月に民医連小児科を受診した小中学生を持つ712世帯のアンケート調査が実施されており、民医連の集会で報告され、日本小児科学会雑誌に掲載されています(佐藤洋一ら、120巻1664ページ、2016)。「保護者の主観による子どもの健康状態」の問いに、貧困群で「健康状態が悪い」の回答が多く、子どもの肥満も多い。また、時間外受診や経済的理由による「受診控え」が貧困群に多い傾向がありました。逆に、インフルエンザワクチンの接種が少なくなっています。朝食は食べている子がほとんどですが、年収200万円未満になると食べない子が多くなり、学校の欠席も多くなっています。母親の特徴として喫煙が多いこと、働いていない、もしくは非正規雇用であることがあげられています。


出生体重と貧困
 「出生時の体重が少ないことが成人後の健康状態を低下させ、貧困の連鎖に関与する」という報告がアメリカの経済学者から出ています。そこで私は、札幌病院産婦人科で産まれた子どもをその家庭の保険種別で2群に分け、出生体重を評価しました(2009年)。生活保護、母子家庭、入院助産制度利用世帯を低所得群としています。結果は低所得群の女児で出生体重が低く特に初産児で著明で、不当軽量児(※注)も低所得群の女児に多いことがわかりました。低所得で出生体重が低いのは予測どおりでしたが、なぜ女児なのかはよくわかりません。


若年出産の特徴
 2002年以後の10年間に札病産婦人科で出産した16歳以下の母35例、児36例について、2012年に花香真宣医師(当時札病小児科)が調査結果を報告しています。35例のうち入院助産を利用したのが69%、生活保護を受けている母親が49%でした。35例の母親のうち両親が離婚したのが60%、親がいない母親を含めると77%でした。母の体格をみるとBMI18・5以下(明らかなやせ)が28%もいます。また感染症の罹患では、クラミジアが9例、梅毒が3例、母35例中10例が性感染症で、異常に多いです。出生児をみると、体重2500グラム未満の低出生体重児は8例(22%)、全国平均は9・6%ですので2倍以上。低出生体重児の母のほぼ全例が喫煙者でした。若年出産の母の多くが貧困で不健康、産まれた子も健康とはいいがたい実態がわかりました。


健康格差と貧困
 貧困が子どもの健康格差を招くのはいまお話したように、人生のスタートである出生時からの不健康があります。生まれた後の住環境が悪かったり、家庭内のストレスなどで病気やけがをしやすいこと、親が疲れていて子どもの病気のサインを見落としがちになることもあるでしょう。さらに、お金がなくて受診できない、お金はあるけれど親が仕事を休めば収入減や解雇の不安があるため時間がとれず受診できない、こどもが病気になってもそばについて看病できないこともあるでしょう。
 こうした貧困のこどもの特徴は貧困や格差の結果ですが、不愉快に思う方もいるでしょう。しかし、こうした特性をつかんでおくことは貧困を積極的に見つけるうえでとても大事です。患者さんは「うちは貧しいから…」とはけっして言いません。「助けて」とも言いません。外見ではわかりません。貧困を見えるようにするには、みつける目を養う必要があると思います。
 また、貧困の話題になると「自己責任論」が出てきます。「結局は本人の家庭の問題」「親がしっかりしていればこんなことにならないのに」と考えがちです。しかし、貧困や格差は社会の構造が生み出している問題で、まして子どもにはなんの罪もありません。親に注意を促すのはいいのですが、それでは解決にならないことが多いのです。


「意欲格差」を生む
 国立成育医療研究センター理事長の五十嵐隆氏は子どもの貧困の影響について、「自己肯定感に乏しくなり、社会の一員として社会に貢献しようという志を形成することが難しくなる。このことが一番大きな問題」と述べています。自己肯定感を持てない、自尊心が乏しい、勉強に対する意欲が欠ける、これは将来の見通しが持てないからでもあります。親から期待されていなかったり、自分自身も社会にとって必要な人間なのかと疑問を持ったりします。「意欲格差」という言葉を使う研究者もいます。


貧困の連鎖を断つ
 貧困対策にはふたつの側面があります。ひとつは経済的貧困対策。これは政治や行政の課題です。社会保障、税、雇用のあり方を変えることです。もうひとつ、貧困の子どもはいろいろな経験や文化にあまり触れていない、まわりとのつながりが少ないことがあり、自尊心の低下にもつながっていると思います。この対応はとても大切です。
 今回のテーマである「子ども食堂」は、こうした「経験・文化・つながりの貧困」に対する大きな貢献になると思います。
 生まれた家庭環境の格差が教育格差をもたらし、将来の所得格差につながります。これも連鎖の要因のひとつです。「貧乏は循環するんですよ。その循環を断ち切るには教育しかないと、私はやかましくいったんです」これはビートたけしのお母さんの言葉です。教育について議論すると、「うちは子どもがいないので教育に税金を使われるのは納得できない」という意見が出てきます。しかし、教育で利益を得るのは社会全体です。子どもへの教育は社会全体にとって有効な投資になります。


できることから実行
 ジャーナリストの堤未果さんは、「無知や無関心は『変えられないのでは』という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。だが、目を伏せて口をつぐんだとき、私たちは初めて負けるのだ。そして大人が自ら舞台をおりた時が、子どもたちにとっての絶望の始まりになる」と著書で述べています。
 政治や経済、世の中全体のことを考えながら、自分のまわりでできることからやっていきましょう。「子ども食堂」はその一歩です。



※ 不当軽量児…出生時の体重が母体の胎内にいた期間から予測される体重より10%以上少ない新生児。


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