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書籍紹介

2020年11月27日

手塚治虫の山
手塚治虫 著

手塚治虫の山
手塚治虫 著

 アウトドアショップで見つけた。漫画の神様、手塚治虫の「山」にまつわる読み切り10編が収められている。主人公は老若男女、人間から樹木、動物、機関車など。さすが神様は守備範囲が広い。登場する山の姿も多彩で、強風吹き付ける大岩峰、農村を囲む山並み、開発で削られる里山、1200年の巨樹が根を下ろす深山、炭鉱、そして昭和新山が2度登場する。
 土の香りがする「遠野物語」を思わせるもの、「シートン動物記」「ジャングル大帝」を思わせる動物もの、サスペンスや自伝小説的な作品など、多岐にわたっている。なかでも、架空の人物を交えた昭和新山と三松正夫氏の物語は文芸作品のような重厚な味わいがある。
 基地建設に反対して山を守ろうと孤軍奮闘する一家を描いた作品は、沖縄県民の姿が重なる。世代を継いで丹精込めて開拓する姿だ。「自分たちのことよりも、軍事基地にされたら戦争になったとき攻撃されて山が死ぬ」という言葉が、辺野古の海を守る人々の思いと重なる。戦車の砲撃にさらされる山に、沖縄戦の記録映像がフラッシュバックした。
 手塚ワールドの贅沢な読後感に浸れるおすすめの一冊だ。(百)【山と渓谷社・1000円+税】

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