現場から
みんなの思いを繋いで
訪問看護師の役割を考える
身寄りのない認知症高齢者を多職種連携で支えた
勤医協札幌ひがし訪問看護ステーション
訪問看護師の役割を考える
身寄りのない認知症高齢者を多職種連携で支えた
勤医協札幌ひがし訪問看護ステーション
在宅で最期まで暮らすことがふつうのことになっています。しかし、身寄りもない一人暮らし、糖尿病性腎不全で人工透析が必要になっているのに、重度の認知症のため、人工透析は困難。病状が悪化するなかで家での生活を強く望む患者さんの場合はどうでしょうか。「患者さん本人の意思を最大限尊重しよう」と繰り返し話しあいながら、多職種の連携で在宅生活を支えたとりくみがありました。(渋谷真樹・県連事務局)
若くして両親を亡くした加藤美代子さん(60代・仮名)。離婚後は身寄りもなく、生活保護を利用して長い間一人で暮らしてきました。腰痛や糖尿病などがあり、複数の病院に通院していましたが、アルツハイマー型認知症が進行して薬を飲み過ぎることが増えたため、訪問看護や訪問介護を利用して在宅生活を続けることになりました。短期記憶障害のため訪問看護の時間を忘れて出かけしまうこともたびたびありました。それでもお金の管理や火の始末はできていたので、保護課のケースワーカーや社会福祉協議会も協力して加藤さんを支えていました。
「施設はいやだ」
やがて認知症の悪化とともに糖尿病性腎不全がすすみ、体調を崩します。2016年1月に「人工透析を導入しなければ数ヵ月で生命に危険が及ぶ状態」と診断されました。しかし、重度の認知症になった加藤さんが定期的に透析室に通い、透析治療を続けることは難しい状態でした。また、透析するには施設入所が最低限必要な条件でしたが、 加藤さんは食事や外出などが制限されることを嫌がり、キッパリと入所を拒否しました。認知症ですが「若い頃に両親の介護をした。元夫の母親も世話した。あんな大変なことは誰にもさせたくない」と話し、その意思は明確です。
何度も慎重に議論
加藤さんを担当する医師や看護師、ケアマネジャー、ヘルパーは何度もカンファレンスを開き、議論を重ねました。倫理委員会も開き、本人の意思を尊重して透析を導入しない方針を確認しました。
加藤さんを担当していた訪問看護師の仲保ゆきえさんは「本人の意思を尊重し最期まで在宅で過ごせるよう支えることにしました」と話します。
日常生活を支えるヘルパーやデイサービスの介護士、ケアマネジャーは医療的な判断ができず対応に困るときもあります。そこで、予測される事態の対応マニュアルを作り、対応しきれない場合は臨時訪問することにしました。
「やっぱり家が一番」とくつろぐ加藤さんを、訪問看護とデイサービスが交互に入って支えます。認知症の進行とともに、食事や排泄、内服状況などを自分で伝えることが困難になると、部屋に「美代ちゃんノート」を置き、訪れた職員が日々の状況を書き込みました。このノートは、会話や食事など日々の様子を伝えることができ、柔軟に協力しあうための重要なアイテムになりました。
葛藤と遠慮
ヘルパーにも葛藤がありました。支援を終えて帰る際、「もう帰るのかい…」と加藤さんに呟かれることがあり、「このまま一人にしてもいいのだろうか」と後ろ髪をひかれる思いをしたといいます。
「長生きしてほしいけれど透析導入はできない。加藤さんらしく生き抜いてほしい、そんな思いが交錯して、誰もが葛藤していました」と仲保さん。訪問看護師やヘルパー、ケアマネジャーは「本人の思いを尊重していこう」と確認しあいました。
8月に加藤さんは体調悪化を訴え、本人の強い希望で入院しました。職員が見舞いに訪れると一人ひとりに感謝を伝え、その数日後に「お礼を言えて良かった」と言って息を引き取りました。
この事例を糧に
ひがし訪問看護ステーションはこの経験を振り返るために、連携した病院や介護事業所の関係者から感じたことを聞きました。
外来看護師などの医療職からは「外来では言葉が少なかったので、訪問看護師が聞いてくれて助かった」「在宅はもう限界ではないかと何度も思ったが、本人の希望を叶えさせるという方針で最期まで関わることができた」「看護連絡用紙や『美代ちゃんノート』で状況を把握できた」。介護職からは、「どの訪問看護師に聞いても方針や対応が一致していたので安心できた」「治療や服薬について具体的な指示があり迷わなかった」などの声が寄せられました。
聞き取りの中で、介護職が訪問看護師に遠慮して本音を言いにくいことがあったことが分かりました。副センター長の宮田美和子さんは「私たちはお互いが専門職として『対等・平等の関係』だと思っていますが、介護職の方がどうしても遠慮してしまうことがあることがわかりました。私たちはそのことを常に頭に置いて、安心して本音を言ってもらえるような関係づくりが必要だと思いました。状況が変わるたびに話し合う。一人ひとりの思いをつないで調整することも訪問看護師の役割だと思います」と話します。仲保さんは、「体調が悪化し、どうしていいか判断が難しく、一人ひとりが違う考えをもっているときは、何度も話し合って最善の方法を探りました。今回のように多くの困難があった患者さんでも本人の意思を尊重できたのは、同じ目標に向かって多職種が協力したからだと思います。この経験は私たちにとって宝物になりました」と振り返ります。