現場から

地域に支えられた歴史に確信

2019年12月12日

北海道勤医協の「原点」を学ぶ
勤医協札幌病院で綱領の連鎖学習

 札幌病院では民医連綱領の学習運動として、連続講座を開催してきました。11月22日と25日には「札幌病院の歴史と役割を学ぶ連鎖学習会」が2回に分けて開かれ、合わせてのべ111人が参加しました。(大須賀峰敏・県連事務局)


 連鎖学習会のテーマは、第1部が「どうして、札幌市の菊水に勤医協の診療所ができたんだろう」と、「どうして、札幌病院は北海道勤医協最初の病院となったんだろう」。第2部は「これからの札幌病院の地域における役割は何だろう」です。
 学習運動の事務局は準備にあたって、菊水病院(札幌病院の前身)で1960年から看護師として働き、法人の看護部長を務めた三上紀子さんと、勤医協看護学校長を務めた麻酔科の小田代政美医師にそれぞれ1時間ほどインタビューし、その様子を録画して8分間にまとめしました。学習会ではリハビリ部の菅原美和副部長が講師になり、札幌病院の歴史を説明。インタビュー動画を紹介しました。


寄付で買った顕微鏡


 三上さんは病院で働きはじめた頃をふり返ります。
 「勤医協にはびっくりしました。建物や設備はボロボロでみすぼらしく、廊下も暗くて狭い。でもたくさんの患者さんがいました。戦前には遊郭があり、戦後は低所得の人々が多く住む地域です。近くの豊平川岸には、『サムライ部落』(戦争で焼け出された人々が河川敷に250軒くらしていた)があり、人々が手作りの掘っ立て小屋に住んでいました。衛生状態も悪く、病気が蔓延するなかを往診しました。最初は汚くて嫌だったけれど、事務の人がなぜこのような所ができたのか、どんな人たちが住んでいるのかを教えてくれて、住民と分け隔てなく接していることに感銘を受けました」。
 あるとき三上さんは、病院の窓口に顕微鏡が置いてあることを不思議に思い、事務員に理由を聞きました。その顕微鏡は患者さんたちに寄付を呼びかけて買ったものだといいます。「患者さんが苦しい生活費の中から10円、20円と寄付してくれたから買うことができた。だからみんなに見せているのさ」と教えてくれたことが忘れられないといいます。
 今の職員に期待することとして三上さんは、「経営的な困難や苦労は今後もたくさんあると思いますが、職員同士が課題や展望、一人ひとりの思いを率直に語りあえる職場をつくってほしい」と呼びかけました。
 先輩の阿部昭一医師に誘われて5人の仲間とともに入職した小田代医師は、他の病院の医師にからかわれながらも立派な病院にしようと奮闘し続けてきたことを紹介。その結果が今の中央病院につながり、確信になっていると語りました。


発信できる事務に


 インタビューに同席した診療情報システム課の進藤爽さん(事務・4年目)は、三上さんの話で強く印象に残ったことを学習会の中で話しました。
 「事務員が『サムライ部落』の一人ひとりの患者さんのことを医師や看護師に教えたことや、中央病院を建設するときのキャラバン(遠征行動)のときに、事務員が先頭に立って訴えていたという話に、事務への信頼と期待を強く感じました。細分化した事務業務に埋もれてしまいがちですが、何のためにこの仕事をやっているのかを考え、民医連医療の視点をしっかり持つことの大切さを学びました。膨大なカルテの情報を読む毎日ですが、その事例から気づいたことを発信できる事務になること、そして地域の友の会の方々とのつながりをつくっていくことを私の目標にします」。
 講師の菅原さんは、「若い職員と一緒に企画し、設立時から地域の患者さんと歩みながら支えられてきたことを知ってもらいたかった。大切な学びをしてくれて本当にやってよかった。引き続き綱領学習運動に頑張りたい」とのべました。

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