現場から

認知症の世界を感じとる

2020年1月1日

道北・一条通病院2病棟 ユマニチュードで症状が改善

道北・一条通病院2病棟 ユマニチュードで症状が改善

ベッドとタンス、車イスを近づけて安全確保

 不眠やせん妄など、認知症患者にみられる症状の対応に悩んでいた道北勤医協一条通病院の2病棟(回復期リハビリ・60床)では、「ユマニチュード」という哲学・コミュニケーション技法を2018年からとり入れました。学習と実践によって安定剤などの投薬を減らし、ADL(日常生活動作)の向上、看護業務軽減などを実現しています。(渋谷真樹・県連事務局)  


 「夜なので寝てください」「立ち上がらないでくださいね」。入院患者の半数が認知ケア加算対象者(Ⅲa以上)の病棟に、看護師たちの声が飛び交っていました。認知症の患者さんに声をかけて注意を促しますが、なかなか思うようにいきません。コミュニケーションをとることが難しく、ときには叩かれることも。命令調の声は患者さんだけでなく、看護師たちにとっても心地よいものではありません。「このままではよくない。なんとかしたい」と話し合い、フランスで考案された「ユマニチュード」を学ぶことにしました。


安心するまで待つ


 「人間らしさ」という意味のユマニチュードは、認知症や高齢者だけでなく、ケアを必要とするすべての人に向けたケアの技法です。見る、触れる、話す、立つことを柱にした150の具体的な技法があり、「人間とは何か」といった哲学に基づいて言葉や知覚、感情を使ってコミュニケーションをとります。
 例えば、高齢や認知症になると話しかけられても気が付きにくくなり、突然、後ろから声をかけられると恐怖を感じることがあります。こうした患者さんがみている世界や感情を学んで理解します。話しかけるときは脅かさないように笑顔で正面に入り、視線が合って表情が動いたら「おじゃまします」と声をかけます。腕や肩にそっと触れながら、自分を受け入れてくれるのを待ちます。こうすることで、目の前の人が敵ではなく、大切にしてくれる人と認識して安心してくれます。
 また、「何をされるのか分からない」という不安を取り除くため、介助するときは「お湯を出しますよ」「背中を流しますね」と、一つひとつ実況中継のように声をかけます。
 相手の目を見て、体に触れて、話す。こうした動作ができるようになると、介護を拒否していた患者さんも受け入れることが多くなり、介助にかかる時間が短縮できました。


トイレに壁新聞


 ユマニチュードの学習は職員が6チームになり、本田美和子氏の「ユマニチュード入門」で調べたことをチームごとにまとめて壁新聞を作成し、トイレの壁に掲示して学びました。また、週に一度「ワンポイント学習会」として15分間読み合わせをおこない、定期的にユマニチュードカンファレンスを開いて対応が難しい患者さんへの接し方を検討し、課題や実践方法を共有しました。


できることを取りあげない


 慢性硬膜下出血後のリハビリで入院した安藤ヒサさん(93歳・仮名)は、会話の成立が困難でせん妄があり、帰宅願望が強いためベッド横タンスの整理や荷造りをしようとします。立ち上がると転倒する危険があり、実際に転倒しています。
 これまではベッドにセンサーを置き、動くとセンサーが鳴るたびに看護師が駆けつけていました。しかし、安藤さんはタンスを整理しようとしただけです。患者さんができることを取りあげないために、ベッドとタンス、車椅子を囲うように配置し、座ったままで作業できるようにしました。
 「患者さんができないことを援助しようとして、できることまで手伝ってしまうことがあります。しかし、できることをどれだけ評価するかが大切です」と、看護主任の国沢みのりさんは話します。「認知症は人によって症状が違い、じわじわと失っていくことが増えていきます。その段階を通り越して『できない人』として扱うと、認知症がどんどん進行します。その人のできることを私たちがどれだけ理解し、評価できるか。そこがユマニチュードの大切なポイントです」。
 安藤さんの訴えを否定せず、リラックスして外を眺められる椅子を置くなど、「動かさない対策」から「安全に動ける対策」にしたことで帰宅願望はなくなり、グループホームに入所できるまで回復しました。


強い帰宅願望には「記憶の置き換え」


 帰宅願望が強い患者さんには、どのように対応すればよいのでしょうか。ユマニチュードには、「記憶の置き換え」技法があります。
 「家に帰りたい」と言ったら、目の前にある花や写真などをみてもらって話題をかえます。獣医をしていた患者さんには飼い犬の話を、整備士には車の話をするとその話題にのり、帰宅願望が収まります。

投薬量を削減
 こうした実践によって、睡眠薬や安定剤を過度に使わなくても対応できるようになり、看護師による「声の抑制」が少なくなったことで心の余裕が生まれました。看護師の橋本綾香さんは、「以前勤めていた病院では多くの薬を使っていたのですが、ユマニチュードはその必要が少なく、やっていて気持ちがいいですね。スタッフで話しあって決めたことを実践すると、食事を拒否していた患者さんが食べるようになり、怒っている患者さんにも声かけひとつ工夫することで落ち着くなど、良い効果を実感しています」と話します。


立ち上がることをあきらめない


 ユマニチュードの柱には「立つことを諦めない」があります。立つことは筋力の維持だけでなく、他の人と目線が近くなるため同じ空間にいることが実感できるようになり、人間の尊厳を守ることに繋がります。
 国沢さんは、「ユマニチュードを実践することで認知症患者さんのせん妄が減るわけではありませんが、早く解決できるようになりました。重度の患者さんが少ないこともあり、ほとんどの患者さんがみごとに回復します。まだ改善すべきところもあるので、これからも続けていきたい」と話します。

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