ムーヴメント

被災者に寄り添った支援を

2018年1月1日

被災地支援リポート
菊水ひまわり薬局 事務 鈴木訓さん

地盤のかさ上げ工事

 2011年3月11日、東日本大震災と原発事故が発生しました。全日本民医連は福島被災地視察・支援連帯行動を実施し続け、道民医連からも多くの職員が参加しています。第1回から参加し、何度も被災地を訪れている菊水ひまわり薬局・鈴木訓さんの報告を紹介します。



 私は2015年の福島被災地視察・支援連帯行動に参加し、それ以来何度も被災地を訪れています。一番気になるのは、現地で実際に見た現実と、新聞やテレビが報道する内容が大きく違うことです。

孤独への不安強く
 津波を受けた岩手県陸前高田で見たのは、地盤のかさ上げが作られる一方で、気仙川右岸の山が大きく削られた異様な光景でした。
 仮設住宅に住む被災者の多くが、高台に建設される高層災害公営住宅に移ることへの戸惑いを口にします。家賃が高く、住宅周辺の交通手段が少ない。さらに、今までの近所づきあいがなくなり、「孤独になるのでは」という不安を多く聞きました。震災から6年以上が経過した今、道路などのインフラや住宅整備は進んでいますが、人口流失・高齢化が進み、新たな地域でのコミュニティづくりが追い付いていません。

医療なし、雇用なし
 福島第一原発のある福島県大熊町は大半が帰還困難区域、居住制限区域となり、ほぼ全ての町民が避難しています。2017年3月に訪問したときは、会津若松市郊外にある仮設住宅の閉鎖・縮小がすすめられていました。今も8万人の福島県民が県内外で避難生活を余儀なくされています。
 避難指示が解除された南相馬小高区、浪江町にはそれぞれ2回訪問しています。小高区は全体的に除染が進んでいますが、住民の帰還はごく一部です。10月に常磐線の小高駅から浪江駅の区間が開通し、実際に乗車しましたが乗客は数人でした。さらに、駅からの移動手段の課題も指摘されています。
 浪江町は帰還困難地域も放射能除染未実施地域も広く、そのため帰還者は250人程度にとどまっています。既に避難解除された自治体でも帰還した住民はわずかです。医療・福祉・教育・買い物などのインフラ整備、何よりも雇用の場の確保が進まなければ住民の帰還は加速しないという課題があります。
 福島第一原発事故の放射能汚染により多くの避難民が故郷をなくし、家族の分断、地域住民の分断を作り出しました。廃炉問題、汚染水問題が解決できない中、政府・電力会社は各地で原発再稼働を進めています。私は被災地の訪問を重ね、原発再稼働は許せない、そして被災者・被災地に寄り添った支援が今以上に必要だという思いを強くしています。

ムーヴメント読み物政治・社会