ムーヴメント

「すべて奪われた 許せない」

2018年4月12日

全日本民医連 福島被災地視察・支援連帯行動
原発なくすため連帯を

汚染土を詰めたフレコンバックと処理施設=2018年3月

 全日本民医連第10回福島被災地視察・支援連帯行動(3月21〜23日)に参加した北海道勤医協組織広報部・野場靖さんの報告を紹介します。


 福島県の小名浜生協病院で、7年目の現地状況、原発労働者の実態と改善のとりくみを学習し、フレコンバックの山と処理施設、廃墟のままの学校や住居、造成がすすむ防潮堤や住宅地などを視察しました。
 特に印象的だったのは、今回の連帯行動で初めて実現した浪江町役場職員との懇談です。
 復興計画の概略を説明した町の担当者は、商店街の整備や企業誘致、医療機関などの整備がすすめられ、この4月から日産子会社の工場が開業し、町外に避難していた教育施設「こども園」が再開する予定といいます。被災前の2万人のうち、ようやく520人が戻ってきたといいますが、町民アンケートでは半数近くの方々が「戻りたいが戻れない、戻るつもりはない」と回答しており、この先、相当の時間と困難が予想されます。
 福島第一原発の廃炉には少なくても40年かかるといわれています。安心して暮らせるようになるのはいつか、町民、行政の悩みは計り知れません。
 参加者のひとりが「原発の是非について、今どう思うか」と質問しました。宮口勝美副町長は「交付金のおかげで、冬、出稼ぎに行かなくて良くなったという事実はある」と答えながらも、「ただし一旦、事故になれば、ふるさとのすべてを奪われる。失ったものが大きすぎて、許せない」と語りました。
 交付金を受けてきた立場もあって「反対」といえなくても、「許せない」と明言したことに、行政担当者が公の場で言葉にできるぎりぎりの重さを感じました。そして、「他の自治体についてとやかくいうことはできないが、事故になったらこうなるよ、というのはしっかり見てほしい」と話されたことが胸に響きました。
 「福島を、浪江町を忘れない」だけでなく、そこから一歩も二歩も進むこと。全国の原発すべてについて各地で責任を持って学び、反対運動を組織してしっかりと連帯しなければ原発はなくせないというメッセージを受け取ったように感じました。

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