ムーヴメント

戦争が終わって涙が出た うらかわセンター

2018年5月31日

デイ利用者から戦争体験を聞く

 日胆勤医協在宅うらかわ在宅総合センターでは、3月から5月初旬にかけてほぼ毎日、朝会で運動方針案の読み合わせをしました。4月のセンター部会では広島民医連の歴史をDVDで学び、原爆と戦争の恐ろしさを学びました。さらに、デイサービスに通っている利用者さんから戦争体験を聞きました。88歳の男性のお話を紹介します。

 太平洋戦争が始まったのは、昭和16年12月8日。浦河(三石)の小学校に通っているとき、運動場に集められて先生が戦争が始まったことを教えてくれた。なぜ戦争になったのかは言っていなかった。
 あの時代は軍国主義の教育を受けていて、子どもながらに天皇陛下や日本のために自分の命を使うものだと思っていた。ラジオや新聞では、日本軍が「勝った、勝った」と報じていたけど、それが嘘だったとわかったのは戦争が終わってからだった。当時は世界最大最強といわれていた戦艦大和が沖縄に向かう途中に撃沈されていたなんて、知る由もなかったからね。
 終戦の年の7月14日と15日、北海道にも大規模な空襲があった。浦河の海岸にグラマン(米国の戦闘機)が飛んできて、線路・駅付近を銃で攻撃された。海からは大砲で攻撃され、家が壊れて友達が2人死んだ。
 学校の近くの高台に監視所があり、戦闘機や船が来るのを見張っていた。報酬はなかったけれど、出されるごはんが良かった。銀シャリが食べれたんだ。監視や防空壕に逃げる生活をしていたけれど、昭和20年8月15日、監視所のラジオで天皇陛下の声を聞いた。やっと戦争が終わったんだと涙が出た。
 もう70年以上も前の話だけど、あんな思いは二度としたいとは思わないね。

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