ムーヴメント

核兵器なくさなきゃ

2018年8月16日

原水禁世界大会ー広島
北海道から143人

 平和記念式典後の灯篭流し。平和の願いを託し、ろうそくを灯して元安川に流します。

 核兵器禁止条約の採択から1年、非核化を求めるうねりが大きく広がる中、原水爆禁止世界大会が4~6日、「核兵器のない平和で公正な世界のために」をスローガンに広島で開催され、国内外から6000人が集いました。北海道から143人、そのうち道民医連からは63人が参加しました。(木幡秀男・県連事務局)

 

 6日の閉会総会では、北海道から参加した青年30人が登壇。十勝から参加した高校生3人(徳村摩耶さん、梶浦洸太さん、北條紗雪さん)が、それぞれの思いを語りました。
 「授業で学んだ第二次世界大戦の被害について深く知りたいと参加しました」「核を使用する原発を被爆国日本が世界に拡散するのはおかしい。被爆者の思いを次世代に引き継ぎたい」「ヒバクシャ署名行動や募金をおこなっていると、時には心無い言葉をかけられ、心が折れそうになったこともありました。それでも、『再び原爆が落ちてもいいのか』と問い、原爆の恐ろしさを発信していきたい」と力強く発言し喝采を浴びました。
 被爆者、オール沖縄、戦争させない総がかり行動実行委員会などのさまざまな民主団体の代表が登壇。「日本政府は核兵器禁止条約の批准を」「辺野古新基地建設を止めるため、沖縄県知事選挙に勝利しよう」「3000万署名目標を達成し、憲法9条改憲阻止、安倍政権退陣を」などの決意を述べ、核兵器禁止条約に合流できる日本政府を作ろうと決意を固めあいました。

 

「黒い雨」で被爆したが…
 開会総会前におこなわれた北海道代表団の結団式では、広島県被爆者団体協議会事務局長の大越和郎さんが、自身の被爆体験と今の被爆者に対する国の対応について思いを語りました。
 大越さんは5歳のときに「黒い雨」を浴びて被爆しました。「市内1・7キロ地点で被爆した祖母が6日の夕方、怪我もなく歩いてやってきたのに、9日に倒れてあっという間に亡くなり、1歳の妹は8月25日に高熱を発し亡くなった。同級生3人が白血病で亡くなる中、私も生命の不安を絶えず抱きながら小学校時代を過ごしていた」と振り返りました。また、かつて国は「黒い雨」の降った地域に在住し影響を受けた人を被爆者認定していましたが、「黒い雨でも健康に影響を及ぼさないものもある」として被曝の影響を矮小化し、原爆症認定を拒む態度を示しています。こうした行政に対し、裁判でたたかっていることを話しました。


知ったこと伝えたい

 6日、北海道代表団の解団式で発言した釧路町の高校生は、「世界の人たちが日本の原水禁運動に心を寄せ、『いっしょに頑張ろう』と言っていることに感動しました。釧路町の代表としても参加しているので、町の広報誌や報告会で今回の学んだこと、感じたことを伝え、核兵器をなくすために頑張りたい」と発言し、大きな感動を呼びました。
 民医連の代表団として参加した北海道勤医協芦別平和診療所・看護師の杉山貴美子さんは、「これまで当たり前だと思っていた平和は、さまざまな人たちのたたかいによって守られているのだと学びました。職場や地域の人に伝えていきたい」と語りました。
 道北勤医協一条通病院・看護師の河野茜さんは、「被爆した少女が『お母さんに会いたい』と、麻酔無しで痛みに耐えて手術を受けたけど、数日後に亡くなったとガイドさんから聞き、看護師としてやるせない気持ちになりました。戦争で何が起きたのか、もっと若い人たちにも知ってもらいたい」と話しました。

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